木村政彦は、「木村の前に木村無し。木村の後に木村無し。」とまで言われた伝説の柔道家である。
戦前から戦後にかけて活躍し、オリンピックには出場できなかったが、日本最強の名をほしいままにした。戦後は、プロ柔道やプロレスをやっていた。
グレーシー柔術と闘って勝利を得たこともある。
しかし、力道山との戦いで、八百長崩れで凄惨な戦いのあげく敗北し、世間から忘れ去られた。
そんな木村政彦の名誉回復のために、書かれたのが本書である。
本書には、プロレスの力道山はもちろんのこと、柔道創始者の嘉納治五郎や、極真空手の大山倍達や、合気道養神館の塩田剛三など、現代格闘技界に多大な影響を与えた偉大な格闘家達が登場する。(出てこないのは、少林寺拳法の宗道臣)
この時代の格闘技界をめぐる空気がよく伝わってくる。
柔道界が一枚岩では無く、講道館、武徳会、高専柔道(高専は現在の高専ではなく、現在で言うと大学に相当)の三勢力に大きく分かれており、それぞれ独自のルールで試合をしており、独自の発展をしているというのは、驚きだった。
また、嘉納治五郎が、当て身も含めた総合格闘技的な柔道を志向していたというのも驚きだった。彼がもう少し長生きしていたら、現代の柔道がまた変わったものになっていただろう。
第二次世界大戦によって、柔道が禁止される中、いち早く講道館が復活し、それ以後、柔道界を一つにまとめていった歴史が丹念に描かれている。武徳会、高専柔道にいた人達の多くが失意の下、海外に雄飛し、アントン・ヘーシンクを育てたり、グレーシー柔術になって日本に逆輸入されてきたのは意外な話だった。
木村政彦が、師匠の牛島辰熊にどう育てられたのか、弟子のようにかわいがっていた大山倍達にどうやっていたのか、家族にどう向かい合っていたのか、など木村政彦の人間面も余すところなく描かれている。(これは私の想像だが、大山に牛殺しをさせ、ウィリーが熊と闘うことになったのは、師匠牛島辰熊への愛憎からで、師匠の名前にある牛と熊からではないだろうか。)
そして、力道山とのあの試合がどう戦われたのかも、試合前の緊張した駆け引きも含めてよく調べられている。
格闘技に興味ある人は必読!!★★★★★
格闘技に興味のない人も、戦前戦中戦後の日本の空気を知るためにもぜひ読んで欲しい本である。