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播田安弘『日本史サイエンス』講談社ブルーバックス(2020/9/20)

 科学の新書である講談社ブルーバックスの棚に「日本史」という言葉が見えたので手にとった。書いたのは、三井造船で船の設計をしていた方。映画『アルキメデスの大戦』では製図監修を担当したそうだ。理系の眼で日本史を分析しているので面白そうだ。もくじは次の通り。

 第1章 蒙古軍はなぜ一夜で撤退したのか

 第2章 秀吉の大返しはなぜ成功したのか

 第3章 戦艦大和は無用の長物だったのか

 終章 歴史は繰り返される 

 

 第1章は、元寇当時の船の技術について、さすが専門家らしい説明だ。ともすると、現代人は、現代人の感覚で日本に渡海してくると思ってしまうが、当時の船の技術の限界がどこにあったのか、何ができて何ができなかったのか、を冷静に分析しないといけない、と改めて思った。

 

 第2章は、2万人の軍勢の活動量から、必要な食糧を計算している。さすがは技術者だ。大東亜戦争でこのような計算をして戦っていたら、あんなに餓死や病死者が出なかったと思った。結論は、事前に相当な準備が必要、とのこと。秀吉は本隊と別れ海路を利用して山崎の戦いに向かった、というものだ。

 計算過程は正しいと思ったが、「秀吉が事前に相当な準備をできなかったはず、だから海路を利用した」というのは、私は違うと思う。本能寺の変の時、明智光秀とその後に織田信長が、秀吉の援軍に来る予定だった。ごますり上手な秀吉のことだから、信長の宿所での接待の準備はぬかりなくしていただろう。秀吉は中国大返しでは、信長接待用の食糧を自分の部下に配っただけだと思う。信長軍団の宿舎として確保していた宿に自分の兵士達を泊まらせただけだと思う。

 

 第3章も第1章に続き、船の専門家の見方による説明が素晴らしい。一つは駆逐艦の動力配置だ。これは戦中にも指摘され松型駆逐艦では改善された。二つ目は、私は初耳だったが、日本の艦船の弱点を見事に指摘していると思った。それは、内部構造に縦隔壁が入っていることだ。これにより、魚雷を受けたときに片舷のみ浸水し横傾斜が大きくなり横転沈没しやすくなるということだ。確かに日本の空母や巡洋艦で魚雷を受けて横転転覆した例は多い。だが、諸外国の艦船には縦隔壁がなかったのだろうか?その説明がほしかった。

 

 戦艦大和のように、リアリティの欠如、目的のために最適化されない手段というのが日本の問題点だ、と筆者は言う。そして、その歴史が繰り返されようとしている、と危惧している。「日本人が陥りがちな、枝葉のことにとらわれて全体を見失う、つまり目的と手段が乖離してしまうという問題を克服するためには、数字を手がかりに、リアルな感触を大切にしながら歴史を見直すことは思考のレッスンとしても有効」という筆者の主張には完全に同意する。そして理科教育の時間を減らしている日本の教育行政のあり方に警鐘を鳴らしているが、それも賛成する。

 

 最近は、歴史学でも理系の視点で見ることが増えてきたがこれからも文理両方の視点で見ていきたいものだと思った。