3年も前の放送だが、HDDに録画が残っていた。ちょうど2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を放送しているので、録画を見てみた。
武士の世を作ったのは、源頼朝の鎌倉幕府成立ではなく、承久の乱だった。
二代執権北条義時が、北条時政の後妻とは対立があり、北条家を継ぐ立場ではなかった。江間義時だった。
これは2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも少し触れていたが、ドラマの中では北条義時として描かれている。
これは、江間義時として描くべきだったと思う。
江間義時だからこそ、時政失脚の意味がよくわかる。
承久の乱で、義時が「御家人達はわしに味方するのではない。恩賞に味方するのだ。」という言葉は、当時の武士達のホンネを表現しているだろう。
天下分け目の戦いは、美濃と宇治だった。
西国に所領を得て、東国武士が西国にも住み、
『鎌倉殿の13人』は承久の乱は描くだろう。
承久の乱(1221年)=>三代執権北条泰時による御成敗式目制定(1232年)が、武士の世を確立させたと思う。
北条義時の死は1224年だが、武士の世を作ったという点で、『鎌倉殿の13人』の最終回で、御成敗式目制定を描いてほしいものだ。