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小野寺拓也 田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』岩波ブックレット(2023/07/05)

 


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本のタイトルどおり、「ナチスは良いことをしたか」どうかを検証している。

 

私が一番、心に残ったのは、「はじめに」にある歴史研究について、歴史家の態度についてだった。

 

歴史研究は、「過去を「切り取る」ときに自分のその時々の立場性と全く無縁でいることは不可能だし、そもそもそれは歴史研究の現実と著しく乖離している」ことだ。しかしだからといって、「どのように切り取っても叙述しても自由ということにはならない。切り取り方や叙述の仕方の妥当性(中略)は、厳しいチェックの目にさらされる。」

「無色透明な尺度によって、あたかも「神」の視点から超越的に叙述することが歴史学の使命だと誤解している向きは多い。(中略)それは間違いだし、そもそも不可能である。」

ではどうするか、「自分にも他人にも色があることを認めた上で、相互チェックによって誤りや偏りをただしていく」ことだ。

 

歴史的事実は<事実><解釈><意見>の三層に分けて検討できる。<解釈>とは歴史研究の蓄積を指す。歴史学では「研究史が何よりも大事だ」と言われるそうだ。<事実>から<意見>の層へ飛躍すると、歴史学の蓄積を飛び越えてしまい、自分にとって都合の良いところしか見えなくなってしまう。

 

こういう考え方は今までしたことがなかった。

また、自然科学に比べて人文科学の限界だと思っていた。

しかし、「自分にも他人にも色があることを認めた上で、相互チェックによって誤りや偏りをただしていく」ことで、歴史学にも十分意味があることがわかってきた。

 

ナチスとナチの呼称の違いにも触れていた。ナチスは本来複数形だそうだ。ナチ党、ナチ体制、ナチ・ドイツが正しいらしい。

 

かつて私が学校で習った頃は、ナチズムを「国家社会主義」と訳していた。

最近の歴史教科書では「国民社会主義」と訳している。著者は「国民社会主義」と訳すべき理由を2点挙げている。その1「国家社会主義」だと「国家主導の社会主義体制」となり別な物になってしまう。その2「国家社会主義」ではナチズムの本質を見誤ってしまう。ナチズムは、(ナチ党にとって有益な)「国民」(アーリア人)を優遇する社会主義というのが、ナチズムの本質だそうだ。だから身体障害者やナチ党に反対する人やユダヤ人などを差別したりひどいことをできたのだ。

 

なるほど。そういう理由だったら「国民社会主義」の方がいいと思った。

 

この後、本書では、ナチスがやったことについて、事例をあげて、①その政策がナチオリジナルだったか ②その政策がナチ体制においてどのような目的を持っていたか ③その政策が「肯定的」な結果を生んだかの3つの視点で検討している。

 

どの説明もわかりやすい。

 

●経済回復 ナチ党が政権を握る前に経済回復をし始めていた。

 有名なアウトバーンの経済効果はそれほど大きくない。

 

●労働者の味方だったか? 有給休暇の拡大、格安の旅行やレジャーの提供、安価なラジオ受信機や大衆向け自動車の生産などがあげられるが、いずれもナチ党オリジナルではない。有名なフォルクスワーゲンも戦争が始まると戦争優先で国民が入手できなかった。

 

●手厚い家族支援 

この問題点は、ナチスにとって有益な国民に対する家族支援だったことだ。

反対政党やユダヤ人や身体障害者精神障害者は、対象ではないことだ。

これらの政策もナチ党オリジナルではなかった。またこの頃の出産奨励策はほとんどうまくいかなかった。

 

●先進的な環境保護政策

ナチ党が環境保護をしていたのは初めて知った。しかしこれも戦争の開始と共に有名無実となった。

 

●禁酒禁煙

ポスターなどで啓蒙はしたが、税収が減るので、実際には禁止していない。それでも宣伝の効果か、1952年から1990年にかけて女性のガン罹患率が12%も減少した。これは副流煙を吸わなかったことだろう。本書で「初めて「ナチスがした良いこと」の可能性が浮上して」きた。

 

本書の「おわりに」では、「ナチスも良いことをした」と言う意見が出る背景を分析している。

 

ナチスを「絶対悪」とした「政治的正しさ(ポリコレ)」の先生、学校を通じて押しつけられる「綺麗事」の支配への反発。

「権威にとらわれずに「自由」にものを言いたいという欲求と、自分たちは「本当のこと」を知っているという優越感とを同時に満たしてくれる」から<事実>から<意見>へと飛躍してしまうのだ。「歴史知識」と「歴史意識」は分けて考える必要がある。

 

説得力のある文章で、なるほどなぁ~、と感心した。

 

わずか120ページくらいの薄い本だ。

歴史に興味のある人は、どの時代の歴史に興味がある人でも、<事実><解釈><意見>の三層構造の部分だけでもぜひ読んでみてほしい。